広島高等裁判所 昭和24年(う)591号 判決 1950年2月25日
被告人
渡辺弘
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人今西貞夫の控訴趣意第三点について。
苟も行使の目的で判示杉原ウメ、佐藤操、佐藤タカの各氏名を冒署して賃借申出書を作成し、これに判示のように有合せの印を夫々押捺して文書を偽造した以上、直ちに文書僞造罪を構成するのであつて、被告人がたとえ杉原ウメ外二名の將來の承諾を得られることを予想したとしても、これがために犯罪の成立は妨げられるものではない。又犯意の成立には違法の事実の認識を以て足り違法の認職は必ずしも必要ではないので、たとえ被告人が判示行爲を事務管理であると信じてなしたとしても犯意の成立を阻却するものではない。原判決には所論のような事実の誤認はない。
(弁護人今西貞夫の控訴趣意第三点)
原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認がある。
一、原判決理由第一の事実については被告人には犯意は認められ無い即ち犯意あるといふ爲めには被告人に於て犯罪の構成事実を認識すると共に行爲の違法であるとの認識を要する。從つて行爲の違法を阻却する事由例えば正当防衞を爲すの意思を以て爲した行爲は犯意なきものであることは疑の無い処である。從つて自己の行爲を以て事務管理なりと信じてなした行爲は亦違法の認識無きものとして犯意無きものと云はざるを得ない。
右第一事実については上述の通り被告人の行爲は事務管理であり当然無罪であると信ずるがたとえ客観的に事務管理で無かつたとしても上述被告人の供述に依れば杉原ウメ等の名儀で賃借の申出をすれば杉原等は少くとも反対はせず、喜ぶだろうと思つてやつたのでありその意思は明かに事務管理の意思であり反社会的な許されない所爲ではないと考へてやつたものと認められる。
從つて被告人には違法の認識を欠き右事実については犯意無きものと信ずる。
依つて犯意ありとして有罪判決を爲した原判決には事実の誤認あり右の如き事実の誤認は明かに判決に影響を及ぼすので原判決は破棄を免れないものと信ずる。